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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)128号 決定 1956年9月21日

抗告人 野原章江(仮名)

相手方 丸山正(仮名)

事件本人 丸山彦二(仮名)

主文

本件抗告はこれを棄却する。

理由

本件抗告の理由は別紙抗告理由書のとおりである。

抗告理由第二点について。

抗告人は原審は本件親権者の変更申立の許否を決するにあたりそれが事件本人の利益になるかどうかについては全然考慮を欠いていると主張するが、原審はその調査の結果にもとずき、抗告人と相手方との離婚に際しては子女の親権者を定めるについて当初から意見の対立があつて協議の末漸く現在の如く(事件本人は相手方を、他の子女二名は抗告人をそれぞれ親権者とすること)きまつて離婚が成立したもので、相手方は事件本人の引渡については抗告人の同人に対する愛情は認めつつも依然強く引渡を拒絶していること、事件本人の養育については相手方も十分これに留意し、現在の環境の不備を認めて打開の方策を考えていることがうかがえるとし、その他現在においてはまだ相手方に事件本人を養育できないような著しい事情の変化が生じているとは認め難いとして抗告人の申立を却下したものであり、これらの事情は結局本件において親権者を相手方から抗告人に変更することが事件本人の利益になるとは認め難いとしたものであることはおのずから明らかである。従つて原審が事件本人の利益について考察を欠いていると非難するのは当らない。

抗告理由第三点について。

所論のうち相手方が事件本人を祖母の手にゆだねたまま住所不定の生活をつづけ最近は好ましからぬ料飲店の女と同棲しているとする点は抗告人の立証によつてはまだそのままにこれを認めるに十分ではない。相手方が事件本人とともに姉丸山カヨの経営する肩書住所地の旅館内の一室を現に生活の本拠としていることは記録上これをうかがい得られるところであつて、住所不定ということはできない。もちろん事件本人の事実上のめんどうは主として同旅館に住む相手方の母丸山ヤノ及び右丸山カヨの手によつて見られているとしても、相手方がこれを放置して顧みないというような事情は認め得ないところである。相手方には現に同棲中の婦人があるが同人とは長い交際の末近く正式に婚姻するつもりであり、相手方の周囲もこれを認め、事件本人も同人になつき同人もまた事件本人に愛情をそそいでいることは記録上これをうかがうに足り、相手方は右婦人と事件本人を伴い近々右旅館を出て別に一戸を構える工夫をしていることも諒し得るところであるから、これらの事情からすれば現在直ちに親権者を抗告人に変更しなければ事件本人の利益にならないものとは断じ得ないところである。抗告人は事件本人自身が他の妹姉と同様抗告人方へ引き取られることを希望していると主張するところ、本人はまだ十一才余で十分自己の意見を定めることは無理であるが、それでも調査官の調査によればむしろ本人も現状に満足し今までどおり父とともに生活することを望んでいることがうかがわれるのである。論旨は理由がない。

抗告理由第四点について。

原審が本件審判をするについては当事者双方の主張、事件本人の心境、その環境の調査等十分審理を尽していることは記録上明らかである。もつとも本件審判事件記録のみをみればたんに調査官の丸山カヨについて聴取した報告書のみのようであるが、もともと本件は抗告人が原審に対して申立てた子の引取等に関する調停が不成立に終つたため、その申立事項のうち親権者変更の部分が審判手続に自動的に移行したものであるから、その調停事件について原審の調査したところはそのまま審判事件にも援用し得るものと解すべきであつて、右調停事件以来の調査をあわせてみれば、結局原審の審理に欠けるところはないものといわなければならない。

論旨は理由がない。

すなわち原審判は相当であるから本件抗告は理由のないものとして棄却すべきものである。よつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 原宸 判事 浅沼武)

参照

抗告の理由

一、抗告人は事件本人丸山彦二の母であるが昭和三十年十月東京家庭裁判所に対し、同人の利益のために親権者変更の審判申立をしたが同裁判所はこの申立を却下した。

二、右審判の理由は抗告人と被抗告人とが離婚の際事件本人を被抗告人の親権に服さしめることの協議が成立したこと、この協議成立を盾に被抗告人が事件本人の引渡を拒絶していること、又被抗告人が彦二の養育について現在の環境の不備を認めて打開の方策を考へていること、被抗告人が事件本人を養育できないような事情について離婚当時に比し著しい変化がないことを認定して直ちに却下の結論を出し本件親権者の変更が事件本人の利益になるか否かについては何等の考慮を払つていない。

三、原審の認定したように抗告人と被抗告人とが離婚する際、子の親権者を定めるにあたり意見の対立したことは事実であり、その理由は被抗告人の従来の生活態度及び環境から見て抗告人において子供は全部自己の手に引取り養育したいと主張したが、その際被抗告人は抗告人に対し自己の従来の生活態度を改め、絶対に心配をかけないようにするということであつたので、抗告人はその言を信じ止むなく、事件本人のみを被抗告人の親権に服さしめることに同意した次第である。しかるに被抗告人はその後何等改善につき努力した形跡なく事件本人を祖母の手にゆだねたまま、住所不定の生活をつづけ最近は好ましからぬ料飲店の女と同棲しているということであつて事件本人も他の姉妹と同様抗告人方へ引取られることを希望しているのが現状であり被抗告人が将来は環境改善の方策を考へているといつても抗告人は従来の実績から見てこれを信用することができず又、民法に謂う子の利益とは、単に子の生活が困窮に陥らず、親が養育できないような事情がないということではなくて、現在における子のあらゆる客観的環境をも考慮して判断すべきである。しかるに原審は、単に前掲の理由のみによつて、子の利益とは何等因果関係のない事実を認定して、本件申立を却下しているのであつて、抗告人は到底原審判に服することはできない。

四、又原審は本件申立を、当事者間の調停の際の調査及び被抗告人側の一方的の云い分だけで判断し、本件審判に際しての調査を全然省いている。しかし家事審判規則第七条及び第十条の規定精神から見るとき子の利益を擁護することが家庭裁判所の職責とされている以上裁判所は事件の判断をするに当つては当事者の主張事実その他あらゆる事情について慎重に証拠の取調をなし、又事件本人たる子の心境をも尋ねるなどして結論を出すべきであると抗告人は信ずるものであつて、本件についても当然これらの手続を経るものと期待していたのであつた。ところが原審は、抗告人に対しこれらの機会を与へることなく突如申立却下の審判書を送達したもので斯る点からも原審判は当然取消され、再審査のために東京家庭裁判所に差戻さるべきであると信ずる次第である。

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